2008年08月20日
2008年08月19日
2008年08月17日
2008年08月17日
お盆終わりました。
島の人気スポット シーサー君 の君臨します民家 in 座間味
トートーメーのある家庭での旧盆は一年の内でも
一大行事だと思います。
それを仕切ってます女性にとりまして
心身共に大変お疲れになったとことでしょう
ご苦労様でした。
かく申す、姥桜のかぐや姫は離島にトートーメーのあります
長男嫁ですので終了しました現在
畳に大の字になりまして目下、充電中です。
皆様もそれぞれの方法でご自愛ください。
2008年08月10日
如己堂からの平和への発信

戦没者の皆様に捧げます
戦後63年も経ちますと永井隆博士をご存じですか
の問いに???の方が多いのではと思います。
永井博士で検索しますとトップに
己の如く人を愛した人 と出てきます。
爆心地からわずか700mしか離れていない
長崎医科大学の研究室で被爆。
自らも被爆者でありながらおびただしい被爆者や
死亡者をなんとか助けてやりたいとの思い出で
患者を探し歩き診察したが、みずからも危篤状態
におちいり、無念にも救護活動を打ち切らざるを
えなくなりたそうです。
右半身に多数のガラス破片の切り傷を負い、
特に右耳前部の傷は深く、右側頭動脈が切断されるほどの
重症だったにもかかわらず滝のように
噴き出す鮮血」を三角巾で縛っての救護活動
だったが、血が止まらず失血のため倒れました。
熱心なカトリック信者だった博士のため
信者が浦上に2畳一間の家を建てました。
博士は聖書の中の 己の如く人を愛せよ
から如己堂と命名、そこから世界に
向けて平和の尊さ、戦争の虚しさ
を発信つづけました。原爆症の悪化にともない
晩年は筆を持つことすらできづ、筆談での
著書でしたが多くの著作があります。
昨日、8月9日被爆63年目の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典
で田上市長の平和宣言で永井博士の言葉を引用してました。
戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである
日本は今、世界一平和国家だとおもいますが、
その中に浸りすぎ、そのありがたさを忘れがちではないでしょうか。
終戦記念日もまもなくやってきます。
これを機に改めて平和学習はじめてみてください。
永井博士の著作:
・長崎の鐘 ・ロザリオの鎖
・この子を残して ・亡びぬものを
・生命の河 ・如己堂随筆
・乙女峠 ・いとし子よ
・花咲く丘 ・原子野録音
・村医 ・長崎の花上・中・下
被爆から5年9か月目の1951年5月1日にお亡くなりになりました。(享年43歳)
2008年08月04日
高校球児に送る花
浦添商業初戦楽勝!!



ありふれた花ですが熱い盛りにも元気に咲いてくれる
夏に欠かせない花です。
尚、花言葉は友情・楽しい思い出とのこと
球児の皆さん甲子園で友情と楽しい思い出を一杯
作っくて青春を思いきり謳歌してください。
うば桜のかぐや姫
ありふれた花ですが熱い盛りにも元気に咲いてくれる
夏に欠かせない花です。
尚、花言葉は友情・楽しい思い出とのこと
球児の皆さん甲子園で友情と楽しい思い出を一杯
作っくて青春を思いきり謳歌してください。
うば桜のかぐや姫




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